中林幹太「心から喜べなかったあの日から。“チームのため”を貫くラストシーズン」
2025/11/06
ラストシーズンを迎えた4年生のラグビー人生を振り返るラストメッセージ。
第11回は、中林幹太(4年/PR/東京)です。
「筑波に勝ったときも、選手権が決まったときも、自分は心の底から喜べなかった。」
昨季、チームは快挙と呼べる結果を残した。
それでも中林の胸には、消えないわだかまりが残った。
葛藤と向き合い、もがいた今年。
その経験が、今の彼に確かな決意を与えている。
⸻⸻
ラグビーとの出会い
中学まではサッカー一筋だった中林が、ラグビーと出会ったのは、東京高校に入学したとき。
入学してすぐに、ラグビー部の監督から声がかかった。
182cm、80kg。
ラグビーとは無縁だった彼が一目置かれたのも納得だ。
高校1年次の終わりには20kg増の100kgに達した。
体づくりのために、授業の休み時間はとにかく食べることに時間を費やしたという。
2年次には、ロックからプロップに転向。
花園予選で公式戦デビューを果たし、翌試合ではわずかラグビー歴1年半で先発出場を掴んだ。
順調に見えた高校時代だったが、3年時に試練が訪れる。
3月の右肩脱臼から、2か月後に復帰したものの、その年の花園予選が開幕する直前に、今度は左肩を脱臼した。
なんとか復帰は間に合った。
決勝 目黒学院戦。最後の15分だけピッチに立った。
しかしすでに点差は開いており、無念の敗戦。
高校ラグビーが終わる、その実感がないまま、彼の3年間は幕を閉じた。
⸻⸻
憧れと挫折
青学を選んだ決め手として、対抗戦への憧れを語った。
「高校からラグビーを始めた自分が、“対抗戦に出れるかも”なんて考えたことなかった。でも、挑戦したいと思いました。」
入部後は、大学から大きく変わるスクラムに苦戦し、もどかしい日々を送った。
スクラムで負けるのが当たり前、練習でうまくいかなくても“仕方ない”と妥協する自分。
花園経験者たちを前に、自分との差を痛感した。
「全国のトップレベルでやってたやつらは、スイッチの入り方が違う。腐ってても、勝負時になれば目の色が変わる。勝ち負けに徹底的にこだわる。そのギャップが大きかったです。」
それでも、2年の春。
初めて出場した公式戦で、わずかに“通用した”感覚があった。
その小さな手応えが、勝負に向き合う意識を変えていく。
練習の中の一つの勝ち負けにも、自然と熱がこもるようになっていた。
そして迎えた3年秋。
ようやく巡ってきたチャンスだった。
対抗戦・早稲田大戦では、当時不動の3番・安部駿亮(24年度卒)がコンディション不良により欠場。
中林は先発メンバーとして、念願の対抗戦デビューを果たした。
しかし、スクラムで反則を重ね、途中退場。
その事実だけが深く胸の中に残る。
当時を振り返り、表情からも悔しさが伺えた。
「シンビンになって、チームも負けた試合。
その後スコッドも落ちて、ロックに回されて....。“ただの駒だな”って落ち込みました。」
ようやく掴んだチャンスを、自らの手で掴みきれなかった。
チームが大学選手権への出場を決めたときも、嬉しいはずなのに、心のどこかが冷えていた。
歓喜の輪の中で、自分だけが立ち止まっているような感覚。
心の底から、喜べなかった。
“なんのためにラグビーをしているのか。”
その問いの答えを見つけられないまま、シーズンは過ぎていった。
⸻⸻
受け継ぐ“青学の文化”
今年の始め、河本コーチからの言葉が、強く印象に残っている。
“スクラムに拘れ。”
選考の基準となるその一言で、自分の勝負すべき場所がはっきりした。
ずっと課題だったスクラム。だからこそ、逃げずに向き合うしかない。
覚悟を持って、新シーズンに臨んだ。
現在行われている対抗戦 第2節の明治大戦、第3節の帝京大戦には出場したものの、現在は再びメンバーを外れ、スコッドを行き来している。
それでも、昨季とは明らかに心の向きが違う。
「去年はチームが勝っても、心の底から喜べなかった。でも今は、どんな立場でもチームが勝てば素直に嬉しい。」
そう語る声には、揺るがない覚悟と、少しの悔しさが混じっていた。
試合に出たい気持ちは、もちろんある。
それでも、今は“出られない自分”を否定することはしない。
「春の時点で、どの立場になってもチームのためにできることをやるって決めたんです。
自分が出ていなくても、チームが勝てるように。練習のスクラムでAに圧力をかけたり、下のチームの士気を上げたり。そういうことも、今はちゃんと意味があると思える。」
勝負の場に立てるかどうかは、紙一重の世界。
それでも彼は、自分の立つ場所からチームを支え続けている。
その姿勢が、確実にチーム全体を押し上げている。
彼が今、最も大切にしているのは“組織力”。
「どの立場にいても、チームのためにできることをする。その姿が、後輩が今後も頑張る理由になってくれたら嬉しい。」
青学ラグビー部の魅力は、上下関係を超えた関係性だと語る。
「練習中は先輩にも本気でやり合える。けどグラウンド外には持ち出さない。グラウンド内外で言いたいことを言い合える。この空気感が、青学の強さだと思います。」
試合でのまとまりも、信頼も、そうした日々の積み重ねから生まれる。
そして彼は言う。
「この感覚は、社会に出てもずっと大事にしたい。」
勝てなかった日々も。喜べなかった瞬間も。
そのすべてが今の彼をつくった。
“なんのためにラグビーをしているのか”
その答えを、今の彼ならもう見失わない。
チームのために。
そして、自分へ期待してくれた人のために。
その背中で、最後まで支え続ける。
インタビュアー:利守 晴(2年)
ライター:内山 りさ(2年)


