矢崎桜子「境界を越えて世界へ。青学は“もう一つの家”。」
2025/11/27
ラストシーズンを迎えた4年生のラグビー人生を振り返るラストメッセージ。
第16回は、矢崎桜子(4年/関東学院大学六浦)です。
「私が目指しているのは、世界での活躍。」
現在、青学に所属する唯一の女子選手。矢崎桜子。
男子に混ざり、境界を超え続けてきた彼女の歩みは、挑戦という言葉では語りきれない。
幼いころ掴んだ楕円球は、いま確かに、世界へとつながっている。
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境界を越えて育んだ原点
5歳でラグビーを始めた矢崎。
父親のすすめで、兄の通うラグビースクールに行ったことがきっかけだった。
中学からは関東学院大学六浦中学へ。当時、関東で唯一の女子ラグビー部を持つ学校でありながら、実情は人数不足。
男子の練習に参加することや、中学生ながら高校生の試合に出ることもあったという。
高校2年でユース代表、高校3年で初めて日本代表入りを果たす。
走り、ぶつかり、痛くても立ち上がる。
その積み重ねが、“日本代表”を現実にした。
大学1年の春には、世界セブンズ2022 ラングフォード大会で初キャップ。
サクラセブンズの12番を背負い、ついに世界のフィールドに立った。
その強さの原点は、常に男子の中で戦い、弱さに向き合い続けた日々だった。
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青学で得た“第二の家”
矢崎が、女子部員の少ない青学を志望した理由は明確だった。
「男子と一緒にプレーしたかったから」
矢崎の入部当初、女子部員はわずか3名。
3年次からは矢崎ひとりだけになった。
女子ラグビー部のある大学ではなく、自ら厳しい環境に飛び込んだのは、“世界で通用する身体とスピードを手に入れるため”だった。
青学では男子の練習に混ざり、強度の高いコンタクトやハンドリングに食らいつく。
自身が所属する、横河武蔵野アルテミスターズの活動は三鷹。
クラブチームの活動に拠点を置きつつ、オフの日には相模原で青学の練習に参加する。
時には過密なスケジュールの中、一日に2チームの練習を掛け持ちすることもあった。
3年次には、日本代表に継続的に招集されるようになり、代表活動が本格化した。
日本各地や世界を飛び回る日々。
部員は皆、彼女の活躍を応援していた一方で、彼女自身は葛藤を抱えた。
「チームの一員なのに、グラウンドにほとんど行くことができなくて、申し訳なさがありました。女子ひとりの私を受け入れてくれるのが当たり前じゃないことも分かっていたので。」
それでも青学のグラウンドに立つと、男子部員はいつもと変わらず迎える。
その環境での練習は、常に刺激にあふれ、そして、自分の弱さを突きつけてきた。
「身体の使い方、スピード感、判断の速さ。男子と一緒にプレーすることで、自分の弱さが全部浮き彫りになりました。」
その弱さを知るのも、全ては自分の成長のため。
青学でプレーしたからこそ、世界を目指す土台ができたと語った。
“どんな環境でも、自分の武器を磨き続ける”。
それが矢崎のブレないテーマになった。
しかし、タフな挑戦には代償もあった。
3年次6月、日本代表の試合中に足首を負傷し、8月に控えていたオリンピックは絶望的に。
その頃はフランスで開催された世界学生選手権2024のシーズン中で、立て続けに試合が続いたことも影響していた。
目標としていたオリンピック出場を逃した、その悔しさは、今も残る。
「正直、気持ちが晴れたとはまだ言えないです。気持ちが晴れるのは、次のオリンピックに出られた時かな。」
高校時代から怪我が多かった矢崎。
リハビリの期間にこそ、フィジカル強化に集中できると前向きに切り替えてきた。
オリンピックへの複雑な想いを抱えた昨年の8月も、青学の菅平合宿に参加。
リハビリメニューに向き合いながら筋力とスピードを鍛え上げた。
痛みも挫折も、すべて“進化”の材料に変えていく。
それが、周囲が知る彼女の強さだ。
画像提供:日本ラグビーフットボール協会
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世界へ挑み続ける新たな一歩
現在彼女は、女子セブンズ日本代表のキャプテンとして、ワールドラグビーシリーズ ドバイ大会の出場を予定している。
今の彼女が見据えるのは、2028年のロサンゼルスオリンピックへの出場。
「私が世界で戦う姿を見て、“自分も挑戦していいんだ”って思ってほしい。その想いを胸に、この1年を走り抜いてきました。」
大学4年の最終シーズンを迎えたが、彼女に“終わり”という言葉は一切似合わない。
ここからが、彼女の挑戦だ。
青学に残したい言葉は、“境界をつくらない強さ”。
女子だから。背が低いから。経験が浅いから。
そんな枠に囚われて、挑戦を手放す必要はない。
この4年間、彼女はそれを証明してきた。
姿勢で。結果で。
「私はラグビー人生の中で何度も壁にぶつかりましたが、その一つひとつが確かに自分を成長させてくれました。環境や肩書きに関係なく、“やりたいから挑戦する”という純粋な気持ちを持ち続けることの大切さを、伝えたいです。」
今年も代表活動の合間を縫って青学の試合に駆け付け、サポートに徹した。
日本代表やクラブチームの活動によりスケジュールが過密な中、青学に所属し続ける意味とは。
「青学は私にとって“もう一つの家”です。久しぶりに顔を出しても、みんながいつも通りの雰囲気で迎えてくれて、自然と輪の中に戻れる。そんな温かいチームです。」
遠征地でも、合宿中でも、青学が戦う姿を見るたび胸が熱くなる。
「“もっと強くなりたい”と素直に思えます。みんなが全力で戦う姿が、何よりのモチベーションです。」
最後に、これまでのラグビー人生を振り返って両親への感謝を語った。
「5歳でラグビーを始めてから今日まで、どんな時も一番近くで支えてくれました。結果が出ない時も、悔しさで心が折れそうになった時も、変わらず味方でいてくれて、誰よりも強く応援してくれた存在。本当に、心から感謝をしています。」
苦しい時間を経験したからこそ、青学のチームメイトにも家族にも、感謝が深まる。
その謙虚さこそが、彼女の強さの源であると思わされた。
幼いころから男子選手とともに戦い、弱さを克服し、境界を越えて進み続けてきた。
全てが、世界へ向かうための準備だった。
きっとこの4年間は、序章にすぎない。
2028年、ロサンゼルスオリンピックへ。
境界を壊し続ける彼女の挑戦は、これからさらに熱くなる。
インタビュアー:内山 りさ(2年)・利守 晴(2年)
ライター:内山 りさ(2年)


